−生きるうえで大切なことー 365日のメッセージ 私たちにとって最も重要な「生きる意味」や「自分自身の今世の使命」。その答えとなる神聖で素晴らしいメッセージがいつも私のもとに届いています。 メッセンジャーとして、リアルタイムに皆様にお伝えしています。

第15回誰もが皆、神の化身3

 私達は何者なのか?どこへ行くのか?どこから来たのか?
 この疑問は人類全て共通の疑問であり、その問いに答えることができるなら、あるいは知ることができるのなら、どれほど幸せかと思います。
 毎年、インドの聖者サイババのもとへ訪れ、今年で20数回を数えるまでになりましたが、私の拙書「過去世リーディング」でも書きましたが、私は1つ1つサイババからメッセージを受け取り続けて学びながら、とうとう1998年、インドに向かう機上にて、私の今世の使命を受け取ることができました。
 『過去を解き明かし、未来を語り、癒す者』
 その時に与えられたメッセージは、その後の私にとって、これ以上のものはなく、現在もひたすらこの使命に則って人生を生きております。

1.私達はどこから来たのか?
   私ははるか昔、一億年の時を越えて、他の星から地球にやってきたことを、その後知ったのですが、過去世を見るよう
   になると、さらに様々なことがわかり、ほとんどの方が他の星から来た者であることがわかったのです。
   すなわち、私達のほとんどが他の星から移住してきたのであり、その目的は、地球において、他の星の者と同居しな
   がら、ありとあらゆる体験をするためであるということがわかったのです。
   私の来た星はユリアと言い、冥王星の近くにあると教えられましたが、実際、科学的にはまだ確認されておりません
   が、いずれ解明されることは間違いないと考えています。
   それと同じように多くの方が仲間と共に他の星から地球に渡ってきて、様々な体験をしているのでありますが、生命の存
  在する星は無数にあり、それぞれのステージによって地球をはじめとして、いろいろな星で体験をしているのであります。

2.私達はどこに行くのか?
   私は2千人の仲間と共に遙か昔から地球に移り住み、時期が至ると、ユリアに戻るようになっております    が、多くの
   方も同じような経過を辿っているものと思われます。 
   あの有名なかぐや姫伝説は、あながち嘘に思えないのは、やはり同じ様な体験をしている方がいると思うからなのです。
   それでは、一端、元の星に戻ったらどうなるかといえば、再び、戻った星から他の星に移り、体験を積み重 ねて、永遠
   に近いほどの時空の中で、成長、発展してゆくのであります。
   『過去世リーディング』の中でスパイラル構造の図がありますが、1つの渦が重なり合って永遠に続くと考え ていただけ
   ればわかりやすいかと思います。

3.私達は何者何か?
  昔、私は神はどこかの星にいて、私達を見守っていてくださるのだと思っていたのですが、その後、エネルギーの世界
  を学んでいく中で、神は1つ、もしくは一人というのではなく、あらゆるものが極まり、高まって、そのエネルギー状態が完全
  な集合体になって、最も神聖な魂となった空間が神、すなわち最も清き者たちが住む場所(プラシャンティニラヤム)となる
  のであります。
  私達はその状態になるための準備段階の魂であり、体験をとおして完全体となるための修行をしているものであると
  考えたらよいと思います。


  これまでの様々な体験と多くの方々の過去世リーディングをすることにより、上記のようなことがわかってきて、人類の命題とも言える、この問いに対する答えはある程度わかってきたのですが、それでは実際、そのことをどのように証明するかは、あまりにも壮大なテーマであるため、今後もなかなか証明されるまでにはいかないと思います。
  しかし、私達が上記のことを知っているのと、知らないでいるのとでは大きな違いが出てきてしまいます。
  ですから、このことを知った上で、人生を歩むことが大切であると思うのです。そして、さらにそのためにも、前回お伝えした、自らの使命を知ることが大切であると言えるのです。

第14回誰もが皆、神の化身2

 はじめてサイババからインタビューを受けて、私は興奮し、その夜は眠れないほどでしたが、さらにサイババは様々な祝福を私に送ってくださり、自分の人生をどう歩むべきか、という命題に対して答えを出すよう導いてくださったのです。
 確かに目の前でビブティー(聖灰)やバラの花を物質化してもらった時は、心から喜びを感じたのですが、その後、何度もサイババのもとへと訪れるようになると、次第に思いはサイババと自分の関係や、サイババは自分をどのように思っていてくれるのか、という気持が強まっていくのでした。
 毎年のようにサイババのもとへ訪れることが恒例となった私ですが、ある時、自分があまり好きになれず、自信を無くしてしまったことがありました。サイババのもとへ行きたいのはやまやまだが、こんな無様な自分を見たらサイババは何と思うだろう、と考えると、「私はあなたに会いたいのですが、今回は行けそうにありません」と、心の中でサイババに思いを伝えました。
 それまで何度か心の中にサイババの思いを感じて、感謝することのあった私でしたが、その時は、私の心の中にはっきりとサイババの声が聞こえて、こう言われまた。
 『父親のもとへ訪ねる時に、息子はタキシードを着て行きますか?りっぱな服装をしていなければ、父親は息子に会わないと思いますか?覚えておきなさい。最も息子が辛く、悲しい時にこそ、父親は息子を助けるために待っているのだ』と。
 私はそのサイババの言葉を感じて涙を流し続けました。さらに、サイババは私の心の中にこう伝えました。
 『私のもとへ来る時は、どんな状態でもかまわない。お前が心に苦しみを持っているのなら、心を満たしてやり、貧しいなら、全部古い服を脱がせて、最もすばらしい服を着せて帰すようにするのが私の喜びなのだ』と。
 私はその言葉を聞いて、サイババのもとへ行くこと決心しました。
 二度目のインタビューをしてくださったサイババは、私の目を見つめてこう言われました。
 『 I know you. All.(お前の全てを私は知っている)』
 私はサイババの目を見ながら、今世の私だけでなく過去世にいたるまで、私のことを知っていると確信したのでした。
 多くの愛と祝福を受けた私は、サイババの熱心な教えにより、人は自分を愛することがどれほど大切で、自分の神聖さに気づくことが大きなポイントなのだとわかるようになったのでした。
 その後、私はさらにサイババからのメッセージをたくさん受けることができるようになり、間違いなく私はサイババから愛されており、神聖な親と子の関係であることを確信するようになるのでした。
 それは、ある時、私はサイババに図々しくも、「あなたの愛をさらに知るために、何か証拠に残るものをください」と、頼んだことがあります。必ずサイババは約束を果たしてくれるであろうと期待しながらインドに向かったのですが、その時は結局、インタビューに呼ばれることもなく、全く何の祝福も無いかのような状態で帰国しました。
 熱心に祈っておりましたので、寂しい思いで帰国した私は、帰宅すると、台所にあるテーブルの上に四つ折りにされた紙切れを見つけました。それを何気なく手に取り、開いてみると、そこには私が一番欲しかったサイババの思いや言葉が書いてあったのです。
 驚いて家族にその紙のことを聞いてみても、知らないという答えであり、私は紙に書かれた内容を見ながら、間違いなくサイババが祈りに答えてくださったと感じ、心から感謝するのでした。
 サイババからの言葉をそのままこのブログを読まれている方にお伝えします。それは、この中に書かれている言葉は、私だけでなく、全ての人々に対するサイババの思いであると思うからです。

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 あなたが何処に行こうとも義務であると思うことをしなさい。そして何処に行こうとも私は確かにあなたの内にいて、あなたの歩む一歩一歩を導いているのだということを知っていなさい。
 来るべき時期に、あなたは様々な姿で顕現する私を体験することになるでしょう。あなたは私のものであり、私自身よりも愛しいものです。瞼が目を守るように、私はあなたを守ります。私は決してあなたから離れることはなく、あなたも決して私から離れることはできません。
 この観点から見て、何ものも切望してはなりません。ゆらぐことのない愛を持ち、全てのものを神と見ながら、あなたの義務を行いなさい。辛抱していなさい。時が来れば、全てあなたに与えられるでしょう。幸せでいなさい。何事に対しても、心配する必要はありません。あなたが何を体験しようとも、どんなことが起きようとも、それはこのアヴァターが意志したからであることを知っていなさい。
 このアヴァターが来たからには、この地球上にその使命を一瞬たりとも遅らせることのできる力は存在しません。あなたたちは皆、神聖な魂たちであり、近づきつつある黄金の新時代に、その繰り広げられるドラマの中で、それぞれの役割を演じることになるのです。

                                      サティア・サイババ

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 私は全ての者が神聖な存在であることを、このようなサイババの教えによって知ることができました。当然、この世に生きる意味も、どこに行くかも知ることが出来たのでしたが、次回はそのことについてお伝えしたいと思います。

第13回誰もが皆、神の化身1

 前回は自分を好きになるために大切なことをお伝えしました。
 今回は、さらに自分とはいったい何者なのか、どのような価値があるのか、をお伝えしたいと思います。
 私は以前、25年間、クリスチャンとして過ごしてきました。
 毎週、日曜日は教会に行き、神とキリストを礼拝し、祈りを捧げました。礼拝に出席するたびに、「私達は神の子です」と教えられ、また自分もそれを信じてきました。
 しかし、残念ながらそのことを頭でわかっていても、心の中にまで響くことはなく、今思うと、ただ「そうなんだ」という程度であったと感じます。
 神の戒めを守れば神から愛され、戒律を破れば罰せられるという規律の中で、私はひたすら戒めを守りながら生きてきたように思います。
 しかし、私はエネルギーの世界を知るようになると、心が飢えるのを感じ、本当の自分探しの旅を始めようと決心したのでした。
 様々なクリスチャンの人と会い、質問し、確認しても私が求めている答えを得ることができませんでした。また、本を読みあさり、様々な宗教を学んでも、いまひとつピンとくるものなく、当時は、毎朝、近くの多摩川で何度も天に向かって、答えを持ち望んだものです。
 やがて私は気功の合宿で知り合った方から聞いた、インドにいると言われているサイババのもとを訪れました。
 アシュラムと呼ばれる寺院の前で、朝5時から並び、聖者サイババを待ちました。当時、日本でサイババの本が出版されたこともあって、日本人も多く、さらにあまりの人の多さに圧倒されて、私は来るべきではなかったとさえ思ってしまうほどでした。
 朝7時、さざ波のように人のひそひそ話が聞こえる中、インドの音楽が優しく響き渡り、それまでのひそひそ声は消え、瞬間的にどよめきが起こると、その後は場内は完全に静かになり、遙か彼方から聖者サイババと言われる方が姿を現しました。
 オレンジ色のローブを身にまとい、大きなアフロヘアーといって出で立ちで現れたサイババは、まるで床の上をすべるかのように移動して手紙を受け取り、集まった信者を祝福していったのです。
 はじめて見る顔と姿。しかし、なつかし思いがわき上がってきて、私は不覚にも声を出して泣き出してしまいました。
 止めどもなく涙が溢れ出てきて、20数年間、何度も神に祈り続けた自分の思いがようやく叶えられたと感じたのでした。
 2000年前、もし、ナザレのイエスと言われたキリストが目の前に現れたとしたら、きっと皆が感動し、涙を流すことでしょう。その時の私は、まさにそのような場に居合わせたように、神聖な思いに満たされ、その会場の中でたたずむのでした。
 その後、私は何度もサイババに祝福され、インタビュールームにも2度呼ばれ、貴重な体験をさせていただきました。
 目の前で次々とサイババの手から物質化された指輪やネックレス、時計などを見ながら、私は純粋に驚き、感動し、幸福に包まれたのでした。 
 しかし、私にとって最も感動的だったのは、私が20数年前より求め続けてきた「私達は何者で、何のために生まれ、どこに行くのか?」という疑問に対する答えを直接、サイババから教えていただいたことでした。
 私達はインタビュールームの床に、椅子に座ったサイババを取り囲むように座り、教えを受けたのでした。
 突然、何カラットもあるようなダイヤモンドの指輪を物質化したサイババは、皆にこの指輪を見るように言って手渡し、私達は皆、それを見て感嘆したのでした。
 さらにサイババは再び、そのダイヤモンドの指輪を手に取ると、ダイヤモンドの本当の意味は何か、と尋ねました。多くの者が金や高価な物を手に入れるために時間を浪費していると言い、ダイヤモンドの意味は『ダイ・マインド(die mind)欲望を消すことだ』と言って、目の前で指輪に息を吹きかけて消してしまったのでした。
 そして、私達を見つめて、「人生において最も大切なものが1つだけある」と言って、素晴らしい教えを授けてくださったのでした。
 その中の1つに、私達は皆、神の化身(アヴァター)であるということを教えてくださいました。
 「私とお前達の違いはた1つ。私は自分が何者であるかを知っているが、お前達はそれを知らないことだ」と言って、私達皆が神の化身という神聖な存在であることに気づくようにと教えられたのでした。
 そして、サイババは私達の顔を見つめ、こう言ったのです。
 「あなたの神はどこにいますか?」
 私達は今まで教えを受けた生徒のように自分の胸を指さして、ここにいます、と言いました。サイババはにっこり笑って、「グッドボーイ」と言って私達をほめてくれました。
 私はこのインタビューを受けたことによって、その後の人生は一変し、それが現在の自分の人生に大きな影響を与えたことは間違いないのですが、さらにサイババは、その後も私に大きな導きを与え続けてくれるようになるのでした。

第12回自分を好きになるために大切なこと

 前回は、時分が嫌いになってしまう状況をいくつかお話しましたが、今回は、どのようにしたら自分を好きになれ るかをお伝えしたいと思います。

1.自分を責めないこと 
 私達は皆、不完全な者であり、完全な人などどこにもおりません。しかし、私達は、不完全な父、母、兄弟、友人、会社の人から言われたことがいつまでも心に残り、心を傷つけてしまうのです。
 大切なことは、私達は皆、不完全であるということに気づく必要があるのです。
 確かに言われたことはある程度正しいかもしれません。しかし、100%正しいとは言えないということにも着目しなければなりません。
 不完全な者が不完全な者を責めるということが一番問題なのです。私は敬愛するインドの聖者サイババは「争いの原因は、互いに自分が正しいと主張することにある」と言っています。私もその通りだと思います。
 もし、自分が間違っていたと考えるなら、素直に謝ればいいのです。それだけでいいのです。さらに、そのことをいつまでも心に留めて、自分を責める必要はないのです。 
 そして、今度は間違わないようにしようと考え、まず、自分を許すことです。

2.他人と比較しないこと

 同じ事をやってもうまくいく人といかない人がいる。このような体験を誰もがもっていることと思います。
 特に好きな事や大切にしている事がうまくいけば、人は幸せになりますが、うまくいかなければ、落ち込んでしまい、自分を否定するようになってしまいます。     
 どうして他の人はうまくいくのに、自分はうまくいかないのか?と私達は悩み続けます。
 「あなたはこれまで全てのことがうまくいかなかったのでしょうか?」
 「一度もうまくいったことはなかったのですか?」
多くの人がこの質問に対して、
 「そうではないけれども、あの人のようにうまくいったことはなかった」
と答える人もいます。
 他人と比較する人生は、せっかく自分が築き上げた大切な庭を、隣の庭を見て比較し、自分の庭をまるで価値の無いかのように思い、世話を止めてしまう人と似ています。せっかく様々な花が咲き、楽しもうとしていたにもかかわらず、手入れを止めて、雑草が生えるにまかせてしまう人と同じになってしまうのです。
 1つ、1つの花が生きているのと同じように、あなたの心は生きているのです。
 他人の庭と比較する限り、あなたは自分の庭を悔しい思いを持ちながら、立派なものにしようとするかもしれません。あるいは、諦めて、手入れを止めてしまうかもしれません。
 残念ながら、どちらもあなたの庭はあなたらしくないので、どんなに頑張っても楽しめず、幸福から離れてしまうのです。
 大切なことは、あなたの庭の花(心)に「すてきだね。美しいね」と呼びかけて、大切にすることなのです。そうすれば、自分の庭を愛し、相手の庭の花も誉めることができる者になれるのです。
 他人と比較しない事、あなたの人生に花を咲かせる為に必要なことなのです。


3.どんなことがあっても自分を信じ、諦めないこと

 たとえば、あなたが愛する人が川で溺れていたら、あなたはどんなことをしてでも助けたいと思うはずです。しかし、よく知らない人や、あるいは、あなたがあまり好きではない人であったなら、たぶんあなたは命をかけて助けようとは思わないかもしれません。
 これは、他人だけではなく、実は自分自身にも言えることなのです。あまり自分が好きではない人は、辛いことが少しでもあると、すぐに諦め、投げやりになってしまうのです。
 それは、自分が溺れていても、見て見ぬ振りさえしてしまうようになってしまうのです。
 覚えていて下さい。そのようにしてしまったら、あなたは一生、そのことを悔やむようになってしまいます。
 なぜ、助けなかったのか?どうしてあのような態度をとってしまったのか?と。
 あなたの大切な人生です。決して悔やまないためにも、あなたは決心する必要があります。どんなに失敗しても、へまをしても、諦めないということを。
 人は不完全ですから、そのように決めても、また再び、同じ過ちを繰り返すかもしれません。しかし、それでも止めないこと、諦めないことです。そのことを心に決めてけるならば、必ずあなたはどんな時も自分を守り、助けることができます。
 そのためにも、まずは続けることです。どんなに辛くても、惨めでも決して投げ出さないで、自分を信じて続けることです。
 ベストでなくてもいい、諦めないで続けてください。その時、あなたは自分が人生の勝利者になっていることを知るのです。そして、「自分が好きだ」と言えるようになれるのです。


   以上、3つのことを大切に守っていくならば、あなたは望んだ通りの自分になれることをお約束します。

第11回自分を好きになり、愛するようになるために

 私達は毎日、様々な人にカウンセリングやリーディングセッションを行っていますが、ほとんど行き着くところは、「自分を愛せるか」「自分を信頼できるか」が問題解決の糸口となります。
 驚くことに、様々な分野で活躍されている方でさえ、自分を愛せずに苦しんでいるのです。他人から見れば羨ましいほどの才能を持ち、その才能を発揮しているにもかかわらず、なぜ、そのような思いになってしまうのか、ましてやごく一般的な人や、特別な才能に恵まれたわけでもなく、望みの人生を歩めない人となると、自分を愛することなどできないと思うのは、仕方のないことかもしれません。
 しかし、前回もお伝えしたように、人と比べることは何の意味も無い事です。むしろ、私達はどうして自分を愛せないのか、その原因を知ることにより、解決がスムースに行われます。
 私が多くの方々とのカウンセリングやリーディングセッションをとおして、「なぜ、自分を愛せなくなってしまったのか」その原因と考えられることは以下の10項目です。

                 『なぜ、人は自分を愛せないのか』

①ほとんどは幼い頃の状況が影響している
②自分の望まない形で愛されたものの、認められなかったという記憶に基づいている
③常に誰かと比較され続けてきた(兄弟、姉妹、友人)
④いい子でいなければいけないという思いから、いい子を演じてきた
⑤自分の心の裏にある気持を隠し、抑えてきた
⑥失敗すると、誰かから「やっぱりお前はダメだと言われてきた」
⑦親の望通りのならなければ愛されないと思い続けてきた
⑧常に自分の周囲の中から、優秀な者を見つけ出し、そのたびに比較し、自分が劣っているということを確認するということを行ってきた
⑨「何をやってもダメ」という、幼い頃に言われた言葉が耳から離れず、失敗すると「やっぱりそうだ」という気持がわき上がってきて、さらに自分に追い打ちをかけるようにしていた
⑩望んでも、結局うまくいかないのだから、頑張っても無理だと思うようになり、何もしたくなくなり、さらに嫌いになる

 自分に当てはまるものはありますか。次回は、その解決方法をお伝えしたいと思います。

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